デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)では、2018年に「+クリエイティブゼミ vol.28 障害者福祉編 障害福祉サービス事業所とそこで製作される「ふれあい商品」の未来をデザインする」を開講したことをきっかけに、そこから生まれたアイデア、神戸市内の福祉事業所をカタログのように閲覧でき、ゼミから新しい仕事やつながりが生まれることを目的としたウェブサイト「ふくしワザ」の運営サポートを継続的に行っています。
この度、ふくしワザの広報PR活動の一環として「個と個でいっしょにできること」を合言葉に福祉につらなる場所、活動、表現、創造性をたずねるウェブマガジン〈こここ〉の編集長、中田一会さんをゲストに招きトークイベントを開催しました。
イベントの開催に先立って、企画を担当するKIITOのスタッフの三好の話からスタートです。
福祉って大変?福祉って難しい?
三好:「KIITOで福祉に関する事業も担当しています」と言うと、「福祉って大変ですよね」「難しい問題ですよね」と言われることが時々あります。確かに難しい要素もありますが、私自身が福祉事業所の方と話をしていて感じるのは、大変さを超えて利用者さんがつくられている作品に面白さを感じていたり、前向きに利用者さんに向き合っている人ばかりという印象でした。福祉の現場と世間とのイメージとギャップがあるように感じていました。
まずはそのイメージを変えるところからスタートなのではないか、と思ったときに出会ったのが〈こここ〉でした。障害福祉分野を軽やかに、でも芯をつくような内容を発信している〈こここ〉の活動やそのつくり方などお話を聞いていければと思っています。なので、今回のトークイベントでは「これを聞くことで抱えている悩みがなくなる」といった解決方法を探る機会ではなく、様々な想いや考えを共有することができる場になればいいなとも思っています。
三好から今回の企画の経緯や趣旨の説明が終わった後、中田さんの自己紹介にうつります。
トークテーマに込めた想い「まとまらない社会を歩くためにー福祉に宿るクリエイティビティをたずねて」
中田さん:まずトークをはじめる前に、今回のタイトルについてお話をしようかと思います。今回のタイトルは、文学者の荒井裕樹さんが書かれた書籍『まとまらない言葉を生きる』(柏書房、2021年)から言葉をお借りしました。
“私たちは皆、「要約」できない人生を、うまく言葉にまとめられないまま、とにかく今日という日を生きています。その「まとまらなさ」こそ愛おしいと思います。願わくば、その愛おしさを読者の皆さんと分かち合えますように。そんな愛おしさが、涼しい顔してちょこんとすわっていられる世界でありますように。”
“「安易な要約主義」は、そうした想像力をそぎ落として、「人間をとにかく数字化すれば世界を理解したことになる」という過信へと傾きかねない怖さがある。こうした過信の一歩先には、「人間だろうが、世界だろうが、簡単に『要約』して理解できる」という盲信がある。”
荒井裕樹『まとまらない言葉を生きる』(柏書房、2021年)「あとがき『まとまらない』を愛おしむ」 中田さん:これは、書籍の中の一文です。私たちが暮らすこの世界は、一人一人が属性で語れてしまうような世界ではなく、一人一人が違う存在として生きていて、異なるストーリーを抱えていて、まとめる事なんてできません。「多様性」と言うと美しいけれど、そういう言葉もまた“わかりやすくまとめる”ことになるので、わからないし複雑だからこそ、まとまらないことそのものを一緒に考えていきましょうというお話をさせていただければと思っています。ましてやウェブメディアやSNSなど伝わるスピードが早いものは、どうしてもわかりやすく要約してしまうことがあります。こうしたまとまらない、要約しがたい社会を安心して歩いていくために、メディアというまとめていく仕事をしているという矛盾の中で、悩みながら取り組んでいるということを今日、お話できればと思っています。
〈こここ〉─個と個で一緒にできること
〈こここ〉は2021年4月にマガジンハウスが創刊したウェブマガジンです。「福祉」というものを取り扱う際に、興味がある人がもっと増えたり、違う視点からの話ができるのではないかと思い「個と個で一緒にできること」を合言葉に掲げました。インタビューやイベント、展覧会などをお知らせするニュース&トピックス、福祉にまつわる製品紹介や、福祉に関わる方や障害当事者の方によるコラムなど年間約240本の記事を更新しています。
中田さん:『anan』『POPEYE』『BRUTUS』などの雑誌を発行し、様々な「ライフスタイル」を提案するマガジンハウスで、「ライフ(命、人生、生活)」について改めて真剣に考えることが大切かもしれないと思い編集長を引き受けました。狭義の福祉も、広義の福祉も、制度的な福祉も、制度外の福祉も含めて、そもそもの語源に立ち戻り、「幸福」という意味をさす概念としての「福祉」を〈こここ〉ではたずねて行きたいと思っています。
「福祉をたずねるクリエイティブマガジン」と名乗っているんですが、「たずねる」をひらがなにしているのには、福祉の現場や専門家を訪問する意味での「訪ねる」と福祉とはなんだろうと問うていく意味の「尋ねる」という2つの言葉を重ねています。ちなみに企画段階では「福祉×クリエイティブマガジン」だったんです。創刊前にその企画書を基にある方に執筆をご依頼したところ、「クリエイティブ」という言葉は商業的かつとても強い言葉で、容易に支援や福祉に関わる場に掛け算をしない方がいい、搾取的な関係になってしまう危うさがある、という指摘をいただきました。本当にその通りだなとハッとして、悩んだ末に「たずねる」という立場を大事にしたいと思いました。
福祉に宿るクリエイティビティってなんだろう
中田さん:〈こここ〉で考える「クリエイティビティ(創造性)」とは、決して福祉発のおしゃれな雑貨とか、障害のある人のアート作品そのものを指しているわけではありません。もちろんそれらはとても素敵ですが、もっと根源的なところにあると考えています。例えば、一人ひとりが異なるという前提で試行錯誤を重ね、知恵と工夫を総動員しながらできた場、それを支える人の思考や行動。例えば、既存の制度や思考の中ではどうしてもこぼれ落ちてしまう人たちや状況があり、それをどうにかしようと生み出された今までにはない方法。例えば、多様な人が関わりやすくなるような仕組み。他にも、社会から見過ごされる事がないよう練り出された声や物事の伝え方、どうにもできないと思われる物事に対し身を乗り出し独自の視点で関わり続ける姿勢などです。それこそが福祉(的な人、場、活動、物事)に宿るクリエイティビティなのではないかなと思っています。
〈こここ〉を通して「開けたくなる扉」をたくさんつくりたい
中田さん:〈こここ〉では福祉に関わりたくなる扉、開けたくなる扉をたくさんつくり、そこからただ覗くだけじゃなく、開けた先の光によって自分自身の中にも福祉への関わりがあることを気づくきっかけをつくりたいです。それをどれだけつくり出せるだろうかというのが、大事にしていること。そのためには、ある種“ミーハー”な関わり方を提示するのもメディアの役割かなと考えています。
メディアの構造的な“危うさ”と〈こここ〉編集で注意していること
中田さん:メディアは多くの人に情報を届けられる反面、情報発信において強力な権力を持つことにもなるし、わかりやすく使えることは複雑な事情を単純化してしまうこともあります。新たなイメージをつくることは、バイアスやスティグマを形成してしまいかねません。また多様な活動から恣意的に選び、あるいは選ばない危うさもあります。つまり、誰かを傷つけたり、強権を振るってしまうような危うさが伴います。完璧な「良いメディア」であることは難しいけれど、「言っていることとやっていることが違う」活動は避けたい。そうした中、〈こここ〉の編集では各種ガイドラインを参照、リストの作成、専門書によるインプットなどを行い、記事の言葉づかいの確認や、誤解を生まない写真・イラストレーション、多様な視点で企画や記事を考えられているか、制作過程が搾取的ではないかなどを話合いながら進めています。そういったことを考え続ける仕組みや話し合える体制を大事にしています。
また〈こここ〉では、“排除”しないウェブサイトも目指しています。見える人にとって良いと思うデザインも、別の方法でサイトにアクセスする方にとってはそうではないこともありますし、障害当事者の方がリサーチに入ってくれる会社にアクセシビリティチェックを依頼し、ウェブ改修をするなどで対応しています。一人一人使っているツールも違いますし、欲しい情報も違うので、完璧なアクセシビリティの良いサイトというのは難しいですが、できることを一歩一歩試しつつ運営しています。
まとまらない社会を歩いていくには
中田さん:まとまらない社会を安心し、悩みながら確信を持って歩いていくには、福祉に宿る有形、無形のクリエイティビティが、この社会に生きる多くの人にとっての杖になってくれるのではないかと思っています。私たちはそのメッセージを届けるために福祉をたずねて、メディアとしてもクリエイティビティが発揮できるように頑張っています。
私自身が9年前に初めてたずねた障害福祉事業所でもあり、〈こここ〉でも取材させていただいたクリエイティブサポートレッツの久保田翠さんの言葉を最後にご紹介します。
“答えなんてものは見つかるはずのないものだと思えば、問い続けることはそんなに恐いものではない。答えが見えないことや、不確かなことをモヤモヤさせるのは、文化が引き取ってくれるところだし、そしてその気持ちを「これでいいんだ」と勇気づけてくれるのも、文化の役割だと思うんです。”
〈こここ〉「健康で文化的な最低限の生活ってなんだろう?クリエイティブサポートレッツ久保田翠さんをたずねて」より
後半は、会場にお越しくださった〈こここ〉の編集や記事の執筆にも携わられている佐々木将史さんにも急遽ステージに上がっていただきトークを深めていきました。また来場者から質問を集める形で、中田さん、佐々木さんのお2人にお答えいただきながら進行しました。
佐々木さん:唯一の関西メンバーとして、主に関西圏の取材によく行ったりしています。〈こここ〉立ち上げ時は外部ライターとして関わっていました。スタートして半年ぐらいで編集にも深く関わるようになりました。
Q:〈こここ〉の編集メンバーはどのような経緯で集まったのでしょうか?
A:中田さん:立ち上げの際、編集部メンバーも私が指名していいとのことだったので、これまでにつながりのある方で、フリーランスで活動されている方に一人ずつ私から声がけをしていきました。得意分野や経歴、年代など、少しずつ違う人が集まってバランスよく編集に関わってもらえるようにしました。福祉領域への関心と文化系の経験の両方がある人が多いですね。
佐々木さん:高齢介護や障害福祉、アート分野などに関わってきたメンバーがいる中、私は児童福祉やデザイン領域のメディアなどをやってきたため他のメンバーと被らなかったのもあると思います。
Q:編集会議はどのようにされていますか。また年間240本もの記事をどうやって書くのでしょうか。
A:中田さん:一人ずつ目標本数が決まっています。月間にすると20本ですが、その内寄稿連載が数本、情報提供をもとにしたニュース記事が12本ぐらい、その他が取材記事になります。毎週水曜日には2時間みっちりリモート会議を行い、企画を進めます。
佐々木さん:有難いことに情報提供も増えて来ましたし、たずねて行く取材先なども徐々に繋がりの中で増えてきました。
Q:炎上覚悟で冒険したくなることはありますか…?
A:中田さん:炎上をするということはそこに何か傷つきや争い、攻撃を生んでしまっているという状況なので、炎上はさせたくないなと思っています。自分が傷つきたくないのではなくて、関わってくれている人が傷つく状況なので。ただ、以前、性加害に関して執筆いただいた寄稿記事は、もし何かあれば責任をとって辞めようという覚悟で出しました。この記事は炎上せずに、むしろ支持してくださる方が非常に多かったです。
Q:福祉に関わらず、その現場にいる人たちは情報発信の大切さを感じつつも日々の業務の忙しさから手が回らなかったり、渦中にいることにより自分たちの活動のことの語れなさや語りにくさもあると思います。中田さんも先ほどのお話しでおっしゃられていましたが、メディアの暴力性や難しさは紙一重なのかなと感じます。私も〈こここ〉の記事をよく読ませていただきますが、とても丁寧で真摯に向き合っている姿勢を感じます。書くことにおいて気を付けていることや心がけていることはありますか。
A:中田さん:そもそも、資料を読み込んだりするとはいえ、たかだか1~2時間の取材でその事業を記事にしようというのが非常に難しいことではあると自覚しています…。外の者としての関わり方や、時間、確認の取り方などはいつも悩んでいます。自分達が詳しいのではなく、現場の方に「たずねさせていただく」という意識を持つことで保っていられるかなと思います。取材先には細かく確認をしてもらっています。
佐々木さん:取材の入り方もすごく注意はしていて、録音させていただいて文字起こしをしますが、それをそのまま記事にするわけではなく、私たちの方もちゃんと解釈をしますし、出来上がったものはちゃんと確認を取っていただく、というプロセスがあることをしっかり共有するようにしています。細かな表現の確認や修正のやり取りを何度も重ねて記事になります。
中田さん:ウェブメディアとしてはかなりゆっくりな記事の作り方ですよね。取材から公開までに大体3カ月ぐらいかかります。ニュース記事は2週間ほど。なのでタイムリーな情報は扱えませんが、とにかく時間をかけています。
Q:福祉を主題にすると、届かせたい人(=福祉に興味がまだない人)に届きにくくなると感じます。そういった人へのアプローチはどのように考えていますか?マガジンハウスという母体が強い気はするのですが…。
A:中田さん:私たちは「福祉」を掲げた上で興味を持ってくれる人に届けようとしているので、「福祉」が関係ないと思わない人がメインの読者です。あえてしっかりと「福祉」を掲げる事で、「今それが大事だよね」という想いを届けたいと思っています。「多様性」とか「共生社会」とか「ウェルビーイング」とか、今ならばいろいろな言葉がありますが、それらは使わずにあえて「福祉」なんです。
佐々木さん:後一歩で届きそうな方に向けてどういう入口のつくり方がいいのか、記事では今も毎回試行錯誤していますね。
Q:〈こここ〉に掲載された商品の売上は実際どの程度変化がありましたか?「福祉」とは違うアプローチをすることが生み出す可能性が知りたいです。
A:中田さん:メディアは実際に取材した後どうなったか聞けないんです。即効性はあまりないかもしれませんが、じわじわと認知が広がり、取材が増えたりトークの登壇が決まったというお話しを聞くことはあります。
Q:今新卒1年目の会社員なのですが、色々興味があり、現状にもモヤモヤすることが多く、これからのキャリアを考えたり、新しい挑戦をしたいという気持ちがあります。社会人になって、やったことのないことに挑戦したりするときのアドバイスや、これをやってみたから今の自分があるなどのやってよかったことなどありますでしょうか。
A:中田さん:いい質問ですね(笑)。ひとから「あなたに向いているよ」って言われたことは信じてやっています。その人が信用出来る人であれば素直に聞くように、流れに身を任せたように思います。
Q:人は一人一人違うものだと言うのは簡単ですが、そう思えずに苦しんでいる人へ、どのようにクリエイティビティは答えることができるでしょうか。
A:中田さん:クリエイティビティはあまり答えをくれないなと思います。悩んでて、苦しんでていいんだと言ってくれるのもクリエイティビティだと思っています。
佐々木さん:問いをつくるヒントがある、ぐらいでしょうかね。
Q:優しい社会になることを願い作りたいと思ったとき、それを作るための組織/個人はマネタイズするのが難しいためかなり激しめに働かないといけなかったり、社会への憤りがあり活発で激しい働き方を好む人が多いように感じます。社会への願いと現場活動の仕方の矛盾を解消し、優しくありながら社会をより良くすることはできるのでしょうか?
A:中田さん:難しいですよね。活発で憤りがあり激しい人が社会を変革するイメージがありますが、マッチョじゃない方法で本質的に…。高島鈴さんという方が書かれた『布団の中から蜂起せよ』(人文書院、2022)という本を最近読みました。具体的になにか事業を起こすとか声をあげるとかだけじゃない、活発で激しくて無理をする働きかけじゃない方法でもそれができる様になればいいなと思っています。
Q:デザイナーさんも福祉に関心がある方にお願いする、などされているのでしょうか? カメラマンやデザイナーといった「クリエイター」と呼ばれる人たちと協働する際に、中田さんが伝えていること、大事にしていることがあれば教えていただきたいです。
A:中田さん:クリエーションを通して、何かにレッテルを貼ったり、誰かを踏みつけるようなことはしないように気をつけています。イラストレーターさんにご依頼する際には、例えば「女性を女性らしく描く」とか親子関係でも「お母さんだけが子どもをみている様子を描く」などは避けたいと伝えています。こんな風に書いてほしいなどは丁寧にお伝えしています。〈こここ〉のテーマにやりがいを感じてくれる方や、一緒にわくわくできる方にお声がけしているかもしれません。
中田さんと佐々木さんのお言葉から、これまで〈こここ〉が丁寧に真摯に福祉と向き合って来られた想いや、言葉をどう紡いでこられたかを共有できる時間となりました。
また、改めて一般的に捉えられている「福祉」という言葉を超えて、私たちがまとまらない社会を歩いていくうえで、ささやかではありますが希望となる福祉の扉を開けられたのではないかと思います。
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